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動物園における「種の保存」は地球環境を救えるか-あくまでも啓蒙・普及活動-

福本 幸夫(広島市安佐動物公園)

 動物園の果たすべき社会的使命として、「種の保存」ということが、近年、特に強調されている。シュノホゾン、シュノホゾンと声高に叫ぶまでも無く、ここ数十年の、あまりにも急速な地球環境の破壊、野生動植物の減少を見ると、せめて動物園で飼育展示する動物くらいは、野生から持ってくるのではなく、最低限、飼育下で繁殖した個体でまかなっていかなければならないと思うのが動物園関係者としては当然であろう。現実に哺乳類に限れば、私の勤める園では90パーセント以上が自園または他の飼育施設の生まれである。そして、数少ない野生生まれの個体の大部分は、傷病動物や孤児として保護され、治癒・成長したものの、野生での生存能力が無いため、仕方なく飼われていると言うケースが多い。本当に動物園で必要としながら、飼育下繁殖個体では賄えないと言う種は、当園ではアフリカゾウだけである。

 鳥類でもほぼ同じ傾向で、繁殖技術が発展途上にある(ただし現在急速に発展中)両生・爬虫類でかなり野生個体の比率が高くなるものの、「動物園で飼われている動物の大部分は飼育下繁殖」といっても過言ではない。というより、動物園の現場では、どちらかというと、繁殖に努力している種より、繁殖抑制や過剰繁殖の対策に頭を痛めている種のほうがうんと多いというのが現実なのである。これは国内外の他の動物園でも事情は同じである。

 

 もちろん、現在いわれている種の保存活動は、ただ、飼育下で繁殖させるということだけではない。近親交配を避けるなど適切な血統管理のもとに「遺伝子の多様性」を保持しつつ飼育下で世代を重ね、もし、野生個体が滅びてしまっても、生育環境が元に戻った場合には、野生復帰させるためのストックという意義がある。

 自然繁殖が難しいケースでは、人工授精、受精卵移植、配偶子の冷凍保存、更にはクローン繁殖まで視野に入れた研究が進められていて、一部成果も挙がりつつある。当園でも、神戸大学農学部付属農場の楠博士との共同研究で、死後採取凍結保存精液を使った人工授精によって、野生動物としては世界で初めてチンパンジーの妊娠出産に成功したの が1998年のことであった。

 

 しかし、飼育下における種の保存も、その一手段としての人工増殖技術も、現実には多くの難問を抱えている。結論から言うと、全生物の飼育、栽培による種の保存などコスト的、物理的に不可能ということである。まず根本的な問題は、飼育下で種を保存するには、生息環境そのものを保全するより、けた違いに多くのコスト(費用と 人手)を要するということである。

 

 例えば、当園で世界有数の繁殖実績をあげているクロサイで試算してみよう。遺伝的多様性を維持しつつ、100年後まで飼い続けるために必要な最低限の飼育頭数を仮に200頭として計算する。飼育係の人件費やえさ代、光熱費、飼育施設の償却費などのコストが年間1頭当たり200万円かかるとすると(実際にはこんな額ではすまない)、年間4億円、100年間で400億円かかる計算になる。

 そして、これだけの費用をかけてもクロサイ1種しか保存できないのである。多種多様な生物群がお互いに関係を保ちつつ成立している自然ががいったん破壊された場合、その中の1種あるいは数種だけを野生復帰しても生態系の回復など不可能なことはあまりにも明らかである。

 

 地球上の生物種が何種あるのか誰にもわからないが、学名のついているものだけでも150万種前後、学問的に未記載の微生物まで考慮すれば、数千万種以上になると思われる。

 仮に400億円をクロサイ生息地の買い上げや維持管理に転用することが可能ならば、多くのクロサイだけでなく、同時に数十万種?の生物の保全が可能となろう。数十万種の生物を人工的に維持するなどという不可能事に比べれば、環境丸ごとの保全のほうが、全く比較にならないほど効率的である。

 

 人工増殖技術についても同様である。飼育下における自然繁殖よりも多くの人手と費用を使って、数え切れないほどの失敗の末にやっと成功にこぎつける、というのが野生動物人工増殖技術の現状である。将来も家畜の牛のレベルに達するのは、ほとんど不可能と思われる。せっかく生まれた子も、色々な人工的歪みから、なかなかその種固有の行動ができないことが多い。

 当園のチンパンジーの子(ナナ)も人工保育の弊害で、他のチンパンジーに仲間入りする訓練に大変な時間と手間がかかっていて、3年経った今も、道半ばというところである。さらに、高等動物では飼育下繁殖個体を、野性に戻すことは極めて困難で、繁殖させる以上のコストを要することが多い。人工増殖技術というのも野生動物では、あくまでも緊急避難、保険をかけておくとい うような意味で活用されるべきものといえる。

 

 このようにコスト計算してくると、動物園でできる最も有効な環境保全活動は、このようなお話を市民に正しく発信する「普及啓蒙活動=教育活動」という結論に落ち着くのである。

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