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公開シンポジウム「移入種問題とは何か−タイワンザルを取り上げて」開催
岸本真弓((株)野生動物保護管理事務所関西分室)
6月10日和歌山市にある「和歌山ビック愛」において、公開シンポジウム「移入種問題とは何か−タイワンザルを取り上げて」が開催された。主催は和歌山移入種問題研究会、日本霊長類学会と(財)世界自然保護基金ジャパン(WWFJ)との共催で、参加者は約130名であった。
今回このシンポジウムが開催された趣旨は、主催者側によると以下の通りである。
<趣旨>
近年、移入種(外来種)が引き起こすさまざまな問題が各地でクローズアップされ、その対応が全国的な緊急課題となっています。本来日本にいなかった生物の侵入によって、日本に住んでいる在来種の生活や日本固有生態系に大きな影響が出ています。また、地域によっては農産物への被害が報告されており、人間の生活への影響も現われはじめています.外国からの動植物の輸入はますます増えつつあり、飼育の放棄による野生化などにより新たな問題が発生する可能性も指摘されています。
和歌山県は豊かな自然に恵まれた地域ですが、近年、移入動物の侵入が頻繁に報告されており、一部では分布の拡大が見られています。現在、タイワンザル、タイワンリス、アライグマなどの生息が確認されており、在来種への影響や農林業被害、人畜共通感染症などの問題が生じています。そこで、移入種が引き起こす問題について理解を深めるために、県内に生息するタイワンザルを題材としたこのシンポジウムを企画しました。
シンポジウムでは、研究者、行政関係者、NGOなど、さまざまな立場の意見を伺うとともに、一般の方々を交えて、広く意見交換をする場を提供したいと考えています。移入種問題に対して少しでも興味を持っていただき、何が問題なのか、今後どうしてゆくべきかを、一緒に考えられる場にしたいと思います。(原文のまま)
プログラムは次のように進められた。(敬称略)
午前:移入種問題
1)基調講演:山極寿一(京都大学)
2)移入種問題概説:川道美枝子(IUCN侵入種専門家グループ)
3)移入種対策具体例:常田邦彦(自然環境研究センター)
午後:タイワンザル問題
(1)現状報告と対策
1)現状説明:仲谷淳(和歌山信愛女子短期大学)
2)被害問題について:地元農家代表
3)これまでの対策の経過報告と今後の対策:仲谷淳(和歌山信愛女子短期大学)
4)タイワンザルの捕獲と飼育管理:室山泰之(京都大学)
(2)タイワンザルを取り巻く活動
1)NGO:草刈秀紀(WWFジャパン)
野上ふさ子(地球生物会議)
加賀友子(動物の命を救う会和歌山代表)
2)学会の動き(要望書・意見書の紹介)
3)環境省:水谷知生(移入種問題担当官)
総合討論(1540-1700)
進行:羽山伸一(日本獣医畜産大学)
パネラー:三谷雅純(兵庫県立姫路工大自然・環境研/ 人と自然の博物館)
前川慎吾(元県立高教員)
野上ふさ子(地球生物会議)
和歌山のタイワンザル問題は、広くマスコミにも取り上げられているため、その事情はご存じの方が多いと思うが、ここで簡単にその経緯と現状を紹介する(シンポジウム資料を参考にした)。
和歌山県のタイワンザルは、和歌山市内にあった私設動物園が1954年に閉園したときに端を発する。このとき飼育されていた15〜16頭のタイワンザルが野生化したと言われている。その存在については前川慎吾先生が独自に調査されており、1978年の環境庁第2回自然環境保全基礎調査報告書にも記載され、その後も何度も報告されている。しかし、県あるいは環境庁が問題を取り上げることはなかった。1995年京都大学霊長類研究所で開催されたニホンザル現況研究会で前川先生がこのことを発表され、初めて注目されることになった。
問題が極めて深刻な事態に陥っていることが判明したのは、和歌山県中津村において有害鳥獣駆除のために設置された檻でニホンザルとタイワンザルの交雑種が捕獲された1998年のことである。この個体は尾の長さが29cm(ニホンザル成獣オスは約10cm、タイワンザル成獣オスは約40cm)と明らかに交雑種であり、そのとき採取された血液からもタイワンザルとニホンザルの混血であることが遺伝的に証明された。1999年には緊急調査が実施され、その時点で和歌山市南東部と海南市北東部にある山塊に、2群約170〜200頭が生息しており、そのうちで尾の長いものは30%、中間のは43%、短いのは8%であった。すなわちすでに交雑はかなり進んでおり、サルの生態的特徴から考えても交雑サルが分散することによって、交雑がさらに急速に拡大する恐れが指摘された。
和歌山県ではこの事態を重くみて、2000年8月にはサル保護管理計画対策検討会を設置し、そこでの議論と地元説明会、公聴会を経て、交雑サルを含むタイワンザルの全頭捕獲と安楽死を盛り込んだサル保護管理計画を2000年12月に和歌山県自然環境保全審議会鳥獣部会に提出した。しかし、「安楽死」に対する反対意見が県に殺到し、計画は現在(2001年6月10日)まで保留されている。
2001年4月には県が広く県民の意見を聞くということで、無作為に抽出した1000人の県民に二者択一のアンケートを実施した。選択肢は安楽死(かかる費用約1,200万円)か去勢あるいは避妊手術後死ぬまで隔離飼育(費用約11億円)である。この結果はまだ公表されていない。
本来そこに生息していない生物がその地に入り込むと移入種と呼ぶが、なぜ移入種が問題か、その基本的な考え方と事例等については本誌7号の「日本における移入種問題(哺乳類を中心に)を参考にしていただきたい。和歌山県のタイワンザル問題がその中でも極めて深刻であるのは、それは遺伝子汚染が引き起こされているからだ。それも限局された地域ではなく、ニホンザルの分布域が連続してつながる近畿、中部地方を経て日本全国に広がってしまう恐れが十二分にあるからだ。
なぜ、交雑がいけないか。300万年かかって日本という風土に適応し進化してきたニホンザルを守らねばならないから(前川氏)であり、ここで人間によって交雑が進むことによりこれからまだまだ続くはずだったニホンザルの独自の進化を中断させることになるからだ(霊長類研究所川本氏)。東京都小笠原媒(ナコウド)島では、海洋島である小笠原の生態系に価値を置き、植生を破壊し、土壌を流出させ赤い土地と赤い海を作り出したヤギを、ヤギがいないことで成立した固有の生態系を取り戻すために3年間8,000万円かけて全頭約400頭を排除した(常田氏)。人間が自然界の事象について知っていることはほんの一部にすぎず、何が起こるか分からないからやってもいいのではなく、何が起こるか分からないからやってはいけないという姿勢で移入種問題には取り組まなければならない(川道氏)。
シンポジウム会場では、タイワンザルおよび交雑ザルの排除すなわち捕獲についてはほぼ合意が得られているような雰囲気だった。では、安楽死の問題についてはどうか。
誰でもサルを殺すのに抵抗はあるが、遺伝的、社会的、環境権利の問題がある場合には検討が必要で、早急に答えを出すのは難しいだろう(台湾東海大学林先生)。ただ、「人間がいようがいまいが生存している野生動物には環境倫理が規範として求められ、人間が飼育している飼育動物は生命倫理が規範として求められる」という三谷氏の意見は極めて明快である。また、安楽死と動物福祉は両立するかという問いかけ(羽山氏)に、三谷氏は「人間は動物や植物の命を奪って生きていくしかない動物であり、命を奪うことはありうることで、命を粗末にすることこそが残酷なのだ。安楽死が命を粗末にすることか、それとも避妊飼育が命を粗末にすることか考えて欲しい」と発言した。飼うこと自体が動物福祉にならないこともあること(野上氏)や、動物は生死よりも幸か不幸かが重要視されるという考えもあった(参加者)。タイワンザルの尊厳を考え生き残せる方法を検討し、それでも安楽死が決定した場合にはせめて安らかに息をひきとって欲しい(前川氏)という気持ちは会場の誰もが持っていたはずだ。安楽死の手法についても十分な検討が必要であろう(参加者)。
今回のシンポジウムは主催者の狙い通り、この問題について多方面から議論する場となった。
個体の保護と種の保全、愛護と自然保護は違うものであるが、これまで互いが相手の領分をしらなすぎたこともそれぞれの問題の解決を遅らせてきた原因のひとつであることが指摘された(野上氏)。今回の問題の発端となったタイワンザルの飼育放棄についても、現在北海道や神奈川県で深刻な事態となっているアライグマにしても、いずれも外国の動物を飼育するということから始まっているということは、個体の保護、福祉に関わる「動物の愛護及び管理に関する法律」がある程度は有効に働く(水谷氏)はずである。実行においても、行政の生活衛生に関わる部署(獣医師の多くが所属)と鳥獣保護に関わる部署との協力が必要である(野上氏)。
また、ニホンザルの保護についても議論された。本来このタイワンザル排除の目的はニホンザルという種の保護が目的である。しかし、和歌山県では有害獣駆除として1,000万円以上を費やし年間約600頭(H11)のニホンザルを捕殺しており、一方で被害を防除するためにはわずか200万円しか当てられていないという事実があり(野上氏)、タイワンザル捕獲と同時にニホンザルの保護管理計画をきちんと策定する必要がある(前川氏)。
私たち個人やNGOの役割についても意見が出された。鳥獣保護法改正(本誌6号、8号参照)から広くNGOの意見を求めるという体制が確立しつつあり(草刈氏)、個人であっても納税者、有権者として税金の使い方や国の方針に意見を言う姿勢が求められる(野上氏)ことから、積極的な関与が期待されている。また、自然環境を保全するためにはお金が必要であり、それだけの値打ちが自然環境にあるということを県民が理解し負担をかぶるという自覚をしないと県民のservantである県行政は動けないし(三谷氏)、日本の自然が国民全体の共有財産であり、和歌山県の自然は国民全体から和歌山県民が預かって管理してくれていると考えると、そこの問題について意見を述べる権利はすべての国民にあるだろうし、ならばその保全のための負担もかぶるべきであろう(三谷氏の意見を意訳)。
シンポジウムは朝10時から夕方17時までの長丁場であったが、大変短く感じた。それだけ有意義な議論だったのだと思う。三谷氏が指摘しておられたが、解決にむけて合意ができても、それでだれもが満足するというわけではなく、だれもが少しずつ不満を持つ結果になる可能性が高い。しかしそれが合意形成というものなのである。それぞれの不満を小さくする最も有効な手段は公平に提示された科学的なデータを材料に、議論を重ねることである。そういうしくみをつくり、それを成熟させていくことが、野生動物の保護管理を進めて行く上で私たち市民に最も求められていることである。
この和歌山タイワンザル問題がどのような結末を迎えるにしても、それでこの問題が解決するのではない。ここから得られる教訓をまだまだ山積みされている他の問題に活かしていってこそ、少なくともタイワンザル、交雑サルたちの自由な生活は奪うことに対する私たちの責任が果たされるのだということを確認してシンポジウムは終了した。
安楽死であっても、避妊飼育であってもそこに獣医師の関与は不可欠である。獣医は動物に接しその命を預かる仕事である。単なる技術提供に終わるのではなく、この問題の本質を見つめ、考え、行動することに関して一般の人よりも重い社会的責任を負っているのではないだろうか。
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